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徳川11代将軍家斉が治世し、庶民文化が興隆を見せた文化年間、
平野綿行は、ここ越中の国にて
打綿屋(わた屋)として商いを始めました。
当時は商品経済の発展にともなって、在郷商人が活躍し、
綿作も盛んに行われるようになった時期、綿わたの需要も増し、
製綿業を起こすにはととのった環境だったといえるかも知れません。
以来、地味ながら、丁寧で安価な仕事が受け入れられ、
少しずつ顧客を増やし、商いをつづけますが、
天保の浜田焼、明治の安田焼など幾度もの大火に見舞われました。
明治32年(1899)の熊安焼時に店舗を消失した後、
現在の地、堤町通り(旧 西堤町)にて店舗を再度構え、
打綿屋(わた屋)の商いをつづけてまいりましたが、
終戦後、お客様のご要望から布団屋(寝具店)の役割も加味して、
寝具製造販売元として多くの皆様に支えられながら、
平成の現在まで創業200余年『総合寝具製造販売元 平野綿行』の
看板をあげさせていただいております。 |